本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

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感想『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』、ファイズが魅せる唯一無二の「救世主伝説」に魂が震える。

 

シリーズ化も不透明だった時期に「クウガ」のおかげですっかり虜になった自分は、平成仮面ライダーシリーズと共に時を積み重ねていった。その後に続く「アギト」「龍騎」も順調に見進めていき、その4作目にあたる「ファイズ」も感慨深さを避けて通れないというか、色々と思い入れの深い作品の一つだったなあ、と。



携帯を使って変身するという時世を取り入れた斬新なアイデア、男心をくすぐられるファイズギアの数々、これまでに無かった人間側と怪人=オルフェノク側の両方で展開するストーリー、そしてライダーベルトを巡って泥沼化していく複雑なドラマ、いちいちカッコいいアクションと戦闘シーン、などなど語りだせばキリが無くなるほど魅力に溢れた作品だったなあ、と。

 

 

そんなファイズの劇場版として用意されたのが、『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』。今年は仮面ライダーシリーズ50周年というアニバーサリーイヤーのため、それを記念して「仮面ライダー」の劇場作品が一部リバイバル上映されることになった。今回はこの『パラダイス・ロスト』を公開以来の18年ぶりに、しかも当時と同じ劇場で鑑賞することが出来た。せっかくなので、当時リアルタイムで観た時のことも思い出しながら、改めて感想を綴ってみたいと思う。

 

 

 





 

※※※※※※※

 

 

 

 

この『パラダイス・ロスト』という作品が、他のライダー劇場版と一線を画するのは、本編と全く異なるパラレルワールドを舞台としながらも、その上で完結する一本の映画に仕上がっている点だ。「龍騎」の劇場版『EPISODE FINAL』や「ブレイド」の『MISSING ACE』も、確かにテレビ本編の世界線とは別のストーリーが展開されるのだが、あくまでTV本編からの分岐だと私は解釈している。TVシリーズを主軸とし、キャラの関係性や世界観はそのままに迎えるかもしれなかった「結末の一つ」であると。まあ細かい点で整合性が取れていなかったりするので、微妙なラインではあるのだけれど。




しかし『パラダイス・ロスト』は、テレビ本編の基本的な設定やキャラは踏まえながらも、作品の舞台をTVシリーズから真逆の世界観へ移し、後にも先にもこの作品”だけ”で完結させている。そのため美術面に関しても、TVシリーズのセットはほぼ出てこず、衣装もこの映画だけでしか使用されていないものも多い。




当時のパンフレットに監督の田崎竜太はこう記している。

 

今回の劇場版『555』は「TVシリーズの劇場版」ということを超えたかったんです。だから『555』であって『555』じゃない。最初にこの企画を聞いた時は、また一つ高いハードルが来たなと思いましたね。TVと逆転した世界観を描くには時間もお金もかかりますし、それらをギュッと詰め込むのに苦労しました。またそういう舞台を作って、どう話を展開させるのかが大変なところでした。

 

 

企画段階からこの劇場版にどれほどの期待が寄せられていたのか、制作スタッフ陣の熱量がどれほど凄まじかったのか。シリーズ化が確約されていなかった時代に、毎年どうやって前作を超えるかが争点だったのだろう。それにこの時期の平成仮面ライダーは、TVシリーズ序盤の撮影と同時進行していたものと記憶しているので、キャストもスタッフも本当に大変だったと思う。

 

 


一本の映画として仕上げるためには、制作上のハードルがたくさんあったに違いない。最も難関であるだろうと推測されるのが、その逆転した世界観を描くための舞台装置をどうするのかというところ。この作品が実にスマートだと感じるのが、たった10分弱でそのパラレルワールドの世界観を語っているオープニングにある。

 



オルフェノクによる支配が加速度的に広がり、人類は滅亡寸前というディストピア。その世界の恐ろしさや不気味さを単に言葉で説明するのではなく、映像だけで語っていく。街の広場で抵抗軍の人間がオルフェノクに襲われているのに、カフェで談笑する家族連れもベンチに腰掛けているサラリーマンも、誰も見向きさえしない。むしろ自分のコーヒーをこぼされたことで自身もオルフェノクとなり人間を抹殺する。しかし、そこに仮面ライダーカイザ=草加雅人(村上幸平)が現れたことで、群衆が一気に悲鳴を上げて逃げ惑いパニックを起こす。この絶妙なバランス。




また、注目したいトピックとして、ファイズ=乾巧(半田健人)が中盤までほぼ登場しないところである。そうした展開の仕方自体は映画やドラマでよく使われるものだが、特に子どもたちをメインターゲットに据えている仮面ライダーシリーズで、ここまで大胆によくやったなあ、と。かなり攻めていると思う。

 

 

 

巧の消息が絶たれてしまうきっかけとなったファイズと無数のライオトルーパーとの決戦、あの数秒間のシーンが本当に鮮烈で…。四方を囲む軍勢にたった一人で立ち向かうが、数に圧倒され変身は解除。巧と真理(芳賀優里亜)が泥を這いつくばり、お互いの手を握るも、巧だけが引きずられ連れ去られてしまう。絶対に生きていることは担保されていると分かっていても、あのファイズが徹底的にいたぶられているのは衝撃だった。

 

 

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主人公である巧が不在のまま物語は進行していくのだけど、そこで軸になるのが「救世主伝説」だ。『パラダイス・ロスト』を一つの映画とするために、この逸話があるおかげで、オルフェノクの支配するこの世界に蔓延する絶望や不安への説得力が生まれるし、それを中心にドラマが展開するので、巧の存在感も決して霞むことがない。

 

 


劇中でメインキャラ達は巧の生存を願い「救世主伝説」を信じようとする。でもそれは半ば生きていると思い込むことに近く、見えない希望にすがっているような状態。ここで映画オリジナルキャストの水原(速水もこみち)という存在が、彼らとは対称的な位置にいるのが上手くて、真理たちがいかに滑稽であるかを際立たせている。水原は暴力的な手段に訴えがちではあるけど、帝王のベルトを奪い人類自らの手でオルフェノクを打倒しようとする主張の方がまだ現実味を帯びていると感じさせられてしまう。

 

 


メインライターを務める井上敏樹の描く物語というのは、”クセ”の強い傾向にあり、人によって好き嫌いが激しく分かれてしまうのは否めないところである。しかし、登場人物のキャラを色濃く描くことで、かえって人間味を上乗せし、それが縦にも横にも交差する人間ドラマを紡いでいく。人の奥底にある愛憎が入り混じって、ドロドロとした引き返せない展開に繋がってしまう。だからこそ、どんな状況にあっても人間の光を信じようとする愚直さがより輝くというか、井上脚本って人間賛歌の物語なんですよね。

 

 

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そうした人間関係を濃密に描ききるために、投入されたオリジナルキャストが、記憶をなくした巧=隆の幼なじみであるミナ(黒川芽以)だ。靴屋のミナは活発で男勝りな性格であり、真理とはまさに対称的なヒロイン。でも彼女はオルフェノクに世界を支配されようが関係なくて、ただ巧=隆とずっと暮らしたいという願いを胸に生きている。ミナというキャラクターは本当に胸が切なくなるというか、ただ純粋な願いを持っていただけに無慈悲に散ってしまうのが本当に可哀想で…。でも彼女がいるから巧と真理の関係性がより引き立つわけだし、『ファイズ』という物語における悲恋性を一手に担うためには重要なキャラだったなあ、と。そしてミナがいたからこそ、「救世主伝説」の巧が帰ってくることへのカタルシスが生まれるんですよね。




 

 

満を持して巧のファイズが現れた時の高揚感というか、あの気持ちは今でもうまく言葉にならない。真っ暗な廃遊園地の中で、体中を巡るフォトンラインが赤く輝き、黄色の複眼が鋭く発光する。”闇を切り裂き、光をもたらす”、あの伝説の言葉がまさに顕現した瞬間だった。スクリーンでこの姿を観た時に劇場の暗さも相まって、そのカッコ良さに震えるしかなかった。ここはやはり、メガホンを務めた田崎監督の手腕なのだろう。

 

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ファイズ

ファイズ

  • provided courtesy of iTunes

 

 

 

アクションシーンにおける動きであったり、立ち位置でそのキャラとの関係性を示したり、田崎監督の持ち味である印象的なカットを、ここぞのタイミングで差し込んでくる映像センスには惚れ惚れさせられる。上に述べた巧の変身シーンでも、一瞬だけ巧を左斜め後ろから撮ったカットが挟まれるのは真理の目線を取り入れているからなんですよね。そこからファイズを挟んで、真理が映りミナが映る。一人は安堵した表情で、一人は困惑した顔を浮かべ、さっきまでと状況が逆転しているのも上手い。

 

 

 

 

そんな田崎監督のセンスが爆発した『パラダイス・ロスト』の名シーンはどこかといえば、やっぱりvsサイガ戦の決着シーンだろう。あの鍔迫り合いで一体どれほどのライダーファンが手に汗を握っただろう。あの一瞬の駆け引きにどれほど熱狂しただろう。こんなにも胸をアツくする展開をどうすれば思いつくのだろう。あのシーンをスクリーンで浴びてしまったら、それはもうこの歳になるまでオタクを拗らせる他ない。誇張抜きでライダーバトルにおいて、あの決着シーン以上に興奮させられたものに人生で出会ったことがない。オタクは全員あのシーンを再現できる説、あると思う。

 

 

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こうした映像的なアプローチや演出技法の上手さはもちろんなのだけど、やっぱり『パラダイス・ロスト』という作品の醍醐味は、人間ドラマにあると思っている。ファイズ」の物語って、悲劇性が常に付きまとう表裏一体の物語だと思っていて、自分の信じていた者に裏切られたり、凄惨ないじめを受けていたり、オルフェノクも人間も関係なく「普通に生きる」ことを各々の宿命が阻んでいく。無惨に散っていく結花(加藤美佳)や海堂(唐橋充)の悲しい結末にも同じことが言えて、彼らの死に様にどこか美しさが伴うのはそこにあるのかな、と。平凡な願いを持とうとすればするほど、物語が彼らを残酷な結末へ誘っていく。






その極地とも言えるのが木場勇治(泉政行)というキャラクターで、「ファイズ」のもう一人の主人公といえる存在だ。オルフェノクでありながら人間を信じ、どれだけ敵意を向けられても共存の道を模索する。しかし罠にハマり仲間も失い、人間に裏切られたと思い込まされ、その心はズタズタに引き裂かれてしまう。

 



TV本編であれば、木場という人間の生き様は、群像劇の中にある一つのドラマとして、時間をかけて描かれていた。彼が人とオルフェノクの間で苦悩しながらも、時に巧と真っ向から衝突し、和解してからは共に同じ志をもつ同志として、さらに巧から一時ベルトを託された時には、彼の代わりにファイズとして戦うこともあった。しかしここでも彼は避けられない悲劇に巻き込まれ、巧と袂を分かちあうことになってしまう。



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『パラダイス・ロスト』はそうした木場のドラマという一年の積み重ねを、この映画一本だけで描ききってしまう胆力というか、悲劇が悲劇を呼び雪崩のように押し寄せて木場を追い込む作劇が地獄でしかない。一面が真っ白な無菌ルームの中で言葉にならない叫びを、後悔を叫ぶあのシーンは、何度見ても胸が苦しくなる。だけれども、木場が後戻りできない状況に追い込まれれば追い込まれるほど、「ファイズ」の物語は盛り上がってしまう。こうして覚悟を決めた木場が、帝王のベルトに選ばれたオーガとして最後に立ちはだかるからこそ、巧との一騎打ちに集約されるクライマックスが最高にアツい。



 

 

 

さいたまスーパーアリーナを舞台にしたクライマックスは、エキストラに一万人を動員し当時のギネス記録にも掲載された。オルフェノクという名前はギリシャ神話が元となっているように、この場所も古代ギリシャコロッセオがモチーフなのは明確だろう。真理が公開処刑されるために集まった観客は全てオルフェノクで、人間が殺されるのを嬉々として待ちわびている。普通のドラマや映画ならこの異様な状況を生み出すために越えなければならない作劇がたくさんあると思うのだけど、ここまでストレートに直接的でも描けてしまうのは、仮面ライダーという題材だからこその強みなのかなあ、と。

 

 

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この一万人の群衆が全て敵を応援していて、それでもファイズ=巧が真理を救うために独りで戦うという構図が、孤独になっても戦い続ける仮面ライダーのまさに原点なんだよな、と。ここで残酷なのが巧自身も実はオルフェノクであることが判明して、立ち向かうべき相手と自分が同族だった事実の畳み掛けが、ショッカーと改造人間のオマージュにも思えてくる。

 


自分の持っている信条や譲れないものを抱えて、勝者を決めるしかない過酷な戦いに身を投じる。巧と木場、ファイズとオーガ、避けては通れないこの二項対立が、まさに”平成ライダー”なのである。運命に翻弄されながらも、拳を交えることでしか分かり合えない。もし手を取り合えていたなら、共に前へ進むことが出来たら…、絶対に叶わない夢があるからこそ、ジレンマは終わらない。だからこそこの二人の戦いは最高にアツいんだよな、と。

 

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クライマックスE

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この映画のエンディングは、人によって受け取り方がさまざまだと思う。あの世界で人類が生き延びていくのは正直難しいと思うし、ベルトだって残っていない。オルフェノク自体の寿命も短いことから、巧の余命だって長くはない。でも巧と真理の二人は歩くことを選んだ。光の中へ二人で進んでいくことを決めたのだ。その先の物語は私達自身で紡いでいく「救世主伝説」なのかもしれない。



 

 

 

「巧、どこに行くの?」

「さあな。行けるところまで行くさ」

  

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