本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

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感想『仮面ライダーBLACK SUN』混沌の現代に生み出された世紀の”怪作”は、私達に何を問うのか

 

 

 

 

非常に残酷な物語だった。

 

胸に残ったのは、重く苦しい感覚である。

 

 

10月28日の0時よりアマプラで全話一挙配信された『仮面ライダーBLACK SUN』。主人公の二人である南光太郎西島秀俊、秋月信彦を中村倫也が演じ、そのメガホンを取るのが「孤狼の血」「日本で一番悪い奴ら」を世に放った白石和彌。日本のエンタメ界を率いる俳優とクリエイターが、仮面ライダーを作るという初報を聞いた時にどれほど耳を疑っただろうか。なんなら、今でもまだちょっと信じられないぐらい。

 

 

東映の座組とは違った外部のクリエイターやアクターを呼ぶことで、配信限定の強みを活かした表現の限界に挑戦し、映像も内容もより"過激"な作品として、全く新しい仮面ライダーが生まれることが期待された本作。半世紀に渡って続いたシリーズの記念作を冠するには、これ以上にない豪華な布陣が出揃っていた。

 

 

そんな今回の『BLACK SUN』は、激動の時代に翻弄された怪人達の群像劇が展開されていく。1972年と2022年、過去と現在を股にかけた複雑なドラマに、露悪的な「差別」で炙り出す人間の本性と、目を背けたくなる過激な描写で紡がれていくこの物語が、たどり着く答えは何だったのか。

 

 

 

 

※この記事は『仮面ライダーBLACK SUN』の内容に触れています。未見の方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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歴代の仮面ライダー作品においても、怪人側のドラマは幾度も描かれてきた。「555」「キバ」「アマゾンズ」などが代表的なように、人間の敵として立ちはだかる怪人とはいったい何なのか。倒すべき"悪"とはどこにあるのか。当然のように扱われていた"怪人=悪"の図式を再定義することで、シリーズに新風を呼び込んでいたのである。

 


そして今回の『BLACK SUN』のおける怪人とは、ほとんどが人間よりも多少力が強い程度の存在であり、彼らもまた凶弾に倒れるし、衣食住を営んで生活をするため、人間とほぼ差異が無いことが示される。戦闘に特化した力を持つものはほんの僅か。人間に限りなく近い存在といえる怪人達が、ヘイトスピーチを直に浴び、まともな生活を送ることも許されず、理不尽な正義という名のもとで徹底的に排斥される。たとえフィクションとはいえ、惨殺した中学生の怪人を白昼堂々吊るし上げたあのシーンを見れば、この「差別」描写に一切の妥協がなかったことは言うまでもないだろう。

 


怪人を現実世界のメタファーとすることで、風刺されているのは私達の住む現実世界だ。民族浄化、人種差別、政治的な腐敗、怪人を中心に描かれる様々な虚構(フィクション)は、あまりにも生々しく、造り物として消化するには目を覆いたくなるほど不快であった。怪人を掌握し、軍事産業や人身売買で私欲を肥やす首相が、劇中の血縁関係もさることながら、誰をモデルにしたのかは明白だろう。ここまでやってしまうのである。その全てが、私達の生きる世界で起こっている現実(リアル)であり、地続きにあるからこそ、この「差別」描写に必要以上の不快感を覚えてしまう。

 

 

視聴しながらに感じた「何か凄いものを見ている」という実感は、確かにあった。自分の人生で触れてきた"仮面ライダー"と名の付く作品郡とは、全く違う。

 

 


しかし、それはそれとして、である。

 


この『BLACK SUN』を楽しめたかと問われれば、言葉を詰まらせてしまう自分がいる。上に挙げた社会的な風刺、人間と怪人の対立構造、描きたいことが先行しすぎてしまい、諸々における詰めの甘さが露呈してしまっているのである。

 


『BLACK SUN』はまず何よりも初めに、「仮面ライダーBLACK」のリブート作なのである。「BLACK」を原典として扱う上で一番の肝になるのが、戦うことを宿命づけられたブラックサンとシャドームーンの関係性。なぜ仮面ライダーの姿になれたのか、キングストーンが必要ではなかったのか、であれば何故その石が光太郎と信彦に埋められていたのか。両名を演じた西島秀俊中村倫也の熱演が本当に素晴らしかっただけに、この二人が変身できるという唯一無二性が、大きく欠けてしまっているのではないだろうか。

 

 

 



 

キングストーンの詳細を描くことが、面白さの根幹に関わるとは思わないが、登場人物のほとんどがその石の奪還を目的としており、刺客を送っては戦闘を繰り広げ、情勢が二転三転と変化していく。否が応でもドラマの中心にあり続けるキングストーンが”なんか凄い石”以外の情報しか与えられていないことは、なぜ彼らがそこまで求めるのか知ろうとしても理解できず、視聴者として振り回されている感覚しか残らない。

 


また、怪人への「差別」を描くのであれば、もっと基本的なところから掘り下げておくべきだったと思う。怪人を現実世界のメタファーとして、リアリティを保ちながら描くのであれば、「怪人とは何なのか」「なぜ人間と怪人に分断が起きているのか」から、立ち返って描くべきだったのではないだろうか。怪人が受けてきた様々な「差別」を、社会的な切り口から語ることで、見えない背景を感じられるし、怪人という存在のリアリティがより増していただろう。

 


「差別」という行為に、そもそも正統性は全くの皆無であることは大前提として、差別主義者側の主張の具体性をもっと描いていれば、そこに何の正統性がないことを浮き彫りにできたとも感じる。理由のない「差別」を描くためには、道ならざる「道理」が必要なのではないだろうか。

 

 

そして今回の『BLACK SUN』で確信したことがある。それはリアリティに寄せた世界観を描こうとするほど、造り物へのごまかしが効かなくなる、ということだ。怪人はどこまでもスーツの着ぐるみ感が拭えず、そこに生物(なまもの)の質感を感じるには、遠い隔たりが存在する。「スター・ウォーズ」を引き合いに出すと、この作品でも宇宙人は多数登場しているが、顔に表情もあるし動きにムラがないので違和感を感じる瞬間が限りなく少ない。そもそも予算の桁が違うので、同列で語るのはナンセンスだが、口が全然動かないのに喋っていたり、表情は動かず喜怒哀楽を示す怪人を見て、「まあ仕方ないか」と視聴者側が譲歩して一歩引かざるを得ない状況はどうなのだろうか。

 

 

 

 

 


そうした設定面の詰めの甘さが引き金となり、没入感を削がれてしまう時が何度もあった。こちらは物語に向き合いたいのに、それらが足を止めさせる。「怪人差別をした喫茶店にまた訪れるの?」「ビルゲニアの怪人態は本当にこれで良かったの?」細かいことは置いて没頭しようとすればするほど、気になる点が堂々と前を横切っていく。純粋に物語へ引き込まれなかったのは、非常に心苦しかった。

 


過激であり歪に凹凸が目立つ、決してよく出来たとはいえない『BLACK SUN』が、描きたかったことは何だったのだろうか。見終えた後もそれが分からず、何度も何度も反芻した。なぜここまでして、「仮面ライダー」をやったのか。

 

 

 


その答えは、物語の実質的な主人公である葵が選んだ結末にあるのではないだろうか。

非暴力的な手段で訴え続けても、何ら変わらない世界に絶望し、光太郎や死んだ仲間の意志を継いだことで、葵は自らテロ組織を立ち上げて戦い続けることを選ぶ。この道を進むのは、若かりし頃の光太郎や信彦の行っていた怪人闘争と同じ轍を通ることを意味し、葵が救いの手を差し伸べた少女が、少年兵としての訓練を受けるということは、悲惨な歴史を繰り返すことに他ならない。あまりにも残酷である。決してハッピーエンドとは言えないだろう。

 


しかし、これがもし、ハッピーエンドで終わっていたとしたら。


人間と怪人が共に手を取る未来を予期させるラストであったならば。

 


それは『BLACK SUN』の描きたかったラストでは、無いのだろう。

 

 

年端もいかない少女に、戦う道を選ばせたのは誰なのか。共に歩もうと救いを求めた少女に、見て見ぬふりしたのは誰なのか。全世界に向けた葵の演説が、画面越しへ語りかけるように、その問いはまた視聴者である私達にも向けられていた。決して他人事として終わらせない。この世界を生み出した一端を、自分が担っていたかもしれない。生きとし生ける全ての大人達に向けられた、警鐘なのだと。

 


日本では特に世相を反映した風刺的な作風を肯定することは、タブーになるという空気が、この数年間で醸成されてきたように感じる。ある意味、平和に慣れて飼いならされてしまった私達に、「本当にそれで良いのか」と大きな風穴を開けることで、私たち自身が置かれている状況を自覚させる。小さな種火がやがて大きな炎へ変わるように、ムーブメントを起こし、その論争を巻き起こすことこそが、一番の狙いだったのではないだろうか。奇しくもその役目を担うのが、自由と正義のために戦う仮面ライダーを題材にした作品であったということ。ここに大きな意義を感じるのである。

 

 

あなたは『仮面ライダーBLACK SUN』を見て、何を感じるだろうか。この作品が胸に縫い付けた、大人への警鐘。今起きている現実に向き合う勇気。そして、私たちが生きるこの世界をどう見つめていくのか。その答えを探し続けていくことが、他人事として風化させない唯一の抵抗なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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