本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

好きなものをどんどん語ります

感想『ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA』”光の戦士”への疑念と描ききれなかった過去編に悔いを感じる一作。

「昔、大きな木を切ったことがあってな。戦争を止めるため、自分の正義を貫くためだった。だが全てを否定されたんだ。」

「だからそのオモチャがいるんだよ。自分の正義が絶対だと思っている連中に、その正義の危うさを味わわせるためにな。」

 

 

 

ウルトラマンZ』第24話で、ハルキ(平野宏周)の前で姿を表したヘビクラ=ジャグラス・ジャグラー(青柳尊哉)が戦いの最中に言い放ったセリフである。これを聞いたときに「あ、オリジンサーガ見なきゃ。」と、すぐさまアマゾンプライムの無料体験に手を出した。

 

 

 

ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA』(読み:ジ・オリジン・サーガ)は、『ウルトラマンオーブ』では描かれなかったクレナイ・ガイ(石黒英雄)とジャグラス・ジャグラーの過去を中心に、ガイがどのようにウルトラマンの力を手にしたのか、ジャグラーはなぜ闇の力に魅入られてしまったのかが語られていくテレビ本編の前日譚だ。惑星O-50から与えられたミッションを果たすためにガイとジャグラーが惑星を旅していく姿はまさにスペースオペラ的で『ベリアル銀河帝国』を彷彿とさせる。

 

 

 

 

 

また、アマゾンプライムの配信限定作品ということで、本編では叶わなかったストーリー展開や映像表現に期待がかかるところであり、シリーズとしては『ネクサス』以来となる一話完結にはしない連続ドラマ方式が採用されている。メイン視聴者のターゲット設定を高く設定した、大人の鑑賞に耐えうる作品を目指したことが伺える。純粋にCMのタイミングなどを考えずに物語上の展開だけを加味した30分の区切りを設けられるのは、やはり配信コンテンツゆえの強みだなあ、と。

 

そして嬉しいサプライズに平成ウルトラマン達の客演が叶ったことだ。ウルトラマンダイナのアスカ・シン(つるの剛士)、ウルトラマンコスモスの春野ムサシ(杉浦太陽)、ウルトラマンガイアの高山我夢(吉岡毅志)、ウルトラマンアグルの藤宮博也(高野八誠)、どれも本人出演で叶ってしまうという奇跡…!!

 

光の戦士として未熟なガイを、彼ら先輩ウルトラマンが時に厳しくそして導いていく成長譚も見どころ。ウルトラ兄弟とは違って、出生や活躍した星も全く違う彼らが一人の後輩ウルトラマンを引っ張っていく立場になったことを思うと、とても感慨深い気持ちになる。まさかそういう姿を見ることが出来るとは夢にも思わなかったなあ、と。

 

メイン監督を務めたのが小中和哉監督という平成ウルトラシリーズの礎を築き上げた方なので、彼らの演出に関してはもう抜群に最高だった。”当時の彼らが経験を積み後輩を導くとすれば…”というファンの妄想がほぼほぼ理想の形で実現したのではないだろうか。ガイアが地面に降り立てば瓦礫が舞い、大海をモーゼのように割って現れるアグル、当時の雰囲気をそのままにアレンジBGMが流れれば一気に”あの頃”へ呼び戻される。こういう演出は憎い。

 

ガイを導くアスカと我夢、アマテと対話するムサシ、ジャグラーにかつての自分を重ねる藤宮、それぞれのキャラに合わせて近しいキャラが当てられたのも上手いなあ、と。特にガイとアスカの暑苦しくない程度に体育会系なノリの師弟関係がめちゃくちゃ良かった。昔ほどの無鉄砲さは無くなり落ち着いた雰囲気をまといつつ、うちに秘めた情熱は今でも変わらないアスカ・シンの成長した姿としてあまりにも理想的すぎて…。

 

「無茶かもしれないけれど、無理じゃない!」と言ったガイにどこか昔のアスカを感じさせられたり、「手にした力の意味を頭でいくら考えても、答えなんて見つからねえぞ。ルーキー。」という言葉をかけられるのがアスカなんだよなあ、と。アスカ自身も宇宙空間で突然ウルトラマンになった身だし、その意味を求めて悩みながらもがきながら、アスカ=ダイナという唯一無二の存在へとなっていった。ナイーブになりがちなガイをストレートに導いていくアスカは確かにぴったりな師弟関係かもしれない。



 

 

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という感じなのだが、正直この『オリジンサーガ』で良かった部分は、こうした各キャラクターの描かれ方や演出面においてであり、肝心の物語のメインストリームにどうしても疑問符を浮かばざるを得ない時が何度もあった。いわゆる脚本の都合がチラついてしまうといえばいいのだろうか…。そして度々話題に上がるジャグラーの行動についても、結果ありきの描かれ方に納得ができなかった。

どうしても批判寄りになるのだが、ここからはその辺りを書き残していきたい。





まず『オリジンサーガ』で描かれたガイとジャグラーの過去編が、期待していた部分とは微妙に違っていたところだ。「え、そこからなの?」と少し肩透かしを喰らってしまい、視聴を先延ばしにしていた一番の理由が実はこれなのである。

 

ガイとジャグラーの過去編として見たかったのは…

●O-50の出自と戦士の頂に至るまでにガイとジャグラーに与えられた試練

●ガイとジャグラーが共に属していた部隊での活躍

●オーブリングを得た経緯

ティガのカードを得た経緯(マガタノゾーアとの戦い)

 

思い返してみるとO-50や戦士の試練、どうして光の戦士の称号を求めたのか、状況説明がないままに物語がどんどん進行していく、という悪い意味でテンポが良すぎる第1話であった。そこに惑星カノンの女王アマテの物語、別次元の地球にいる翔平を中心とするドラマ、これらの3つのドラマが同時展開していくので、軸が定まりきれていない見切り発車に近い状態で物語が動いていく。

 

特にガイとジャグラー周りを掘り下げていくだけでも、充分物語として成り立ったのではないだろうか。考えるよりも先に行動してしまう未熟なガイと常に冷静で的確な判断を行うジャグラーのコンビ、対象的な2人がバディになれば阿吽の呼吸で活躍するところをもっと見たかったのである。

 

今回のミッションが初めてじゃないことは察せられるんだけど、バディで乗り越えていくガイとジャグラーの描写があれば、語られるジャグラーのセリフにもっと厚みを感じられただろう。ガイの未熟さに「お前はいつもそうだ。」と呆れるジャグラーや、実力では劣る自分が光の戦士に選ばれてしまったことに苦悩するガイ、掘り下げればドラマに深みがもっと増すのに、全部がセリフで片付けてしまっているのが非常に惜しい。

 

そしてテレビ本編で語られなかったオーブリングの出自が知りたかったのと、ティガのカードを得るきっかけになったマガタノゾーアとの決戦は映像で見たかったなあ…と。冒頭で海底遺跡が出た時に「お、これはもしや!?」と少し期待はしたのだけど微塵もかすらなかった…。

 

 

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『オリジンサーガ』は第一部と第二部に分けられる。

第一部では惑星カノンを舞台に女王アマテ(福田沙紀)と”命の木”を巡るストーリーが展開される。命の木は惑星カノンに伝わる神話のシンボルで知恵の実を育むとされるこの木は、同時に戦神=守るもの、クイーンベゼルブ=滅ぼすものを生み出した。この両者が出会う時、世界に変化が訪れるのだという。そこにサイキ(和泉元彌)という謎の科学者が知恵の実を狙って惑星カノンに侵略を開始するのだが、そこにガイとジャグラーが交わって物語が展開する。



アマテの考える戦わずして民を守りたいという信念は、状況を考えるとかなり利己的だったように見えてしまった。民を守りたい、しかし民を巻き込みたくない。でも戦神になって戦いたくない、クイーンベゼルブとの対話で解決したい。これがアマテの考える理想だろう。この理想も大事な考えだとは思う。話し合うことを諦めてしまっては、戦いが戦いを生む悲しい歴史の連鎖を断ち切ることが出来ない。

 

戦神として思い悩むアマテ女王にムサシが語りかけるのもすごく良かったと思う。あくまで助言を与え彼女の想いを汲み取ろうとするムサシの優しさであったり、最後はアマテの決めたことを尊重する。一度目の対話で上手くいかずアマテが暴走してしまった結果はムサシのせいでもなくて、もしも戦神の代わりにコスモスが戦場に出てもそれは民の縋る対象が移っただけで根本的な解決にはつながらない。

 

かといって「文明に過干渉はできない」立場を語るムサシの言葉にも疑問は残る。いやいやいや、それを言うとウルトラマンの立場が一番危ういのでは??地球という惑星に降り立って、ましてや一人の人間を救うために同化した者もいるんだし…。

 

しかし現実問題として、戦神になって民を守らなければ、いま目の前にあるベゼルブからの侵略を防ぐことは出来ない。他の代替案があるわけでもなく、戦神になりたくないという己の主張を曲げないアマテは、民を守ることよりもそれを優先しているようにしか見えない。

 

そして対するサイキは他者の暴力や行為を真っ向から否定するにもかかわらず、自分の暴力は無理矢理にでも正当化するサイコ野郎なので、まともな話し合いが通じないことは明らか。対話に一縷の望みを託すにはあまりにもリスクが大きすぎるのである。そして案の定、戦神でクイーンベゼルブと対話してもクグツを打たれ術中にはまってしまうその姿は、あまりにも滑稽に映ってしまうのではないだろうか。

 

信念を貫くのか、戦う覚悟を決めるのか、このジレンマに思い悩むアマテ女王という風に少なくとも私の目には映らなかった。

 

 

 

 

そして一番物議を醸したのが、魔人態ジャグラーが命の木を切り倒したシーンだ。

途中から旅を共にすることになったミコット(文音)がベゼルブの攻撃に倒れ、その怒りに駆られたジャグラーの中で何かが覚醒し魔人態へと変身する。そして「俺にはあの木が悪魔の木に見える。あの木があるから戦争が生まれるんだ。俺がこの戦争を終わらせてやる。」、その言葉とともに命の木を邪神剣で横一閃に斬り倒す。



実はジャグラー自身が一番『誰も死なせずに皆を救う』ことを目標にしていたんじゃないか、と。師匠と慕い認めてもらおうと健気に頑張っていたミコットの死がトリガーになったのは事実だけれど、ガイへアドバイスを送るのも彼を死なせないのと皆を守らせるため、ミコットに剣術を教えなかったのも戦いに巻き込みたくなかったから。

ウルトラマンZ』でギルバリスやグリーザが現れた際に即時撤退や仲間を前線に出そうとしなかったのも、「やばくなったら逃げればいい」と指示を送ったのも、彼の中でその気持ちが変わらずに残っていたからなのかもしれない。



ジャグラーの行動が絶対に正しいとは言えない。命の木を失えばカノンが滅びるとされている言い伝えが本当ならば、斬り倒した瞬間にさらなる災いが起きたかもしれない。それにあの大樹を斬り倒したあとに下敷きとなってしまう民もいたことを考えていたのか?と。だがアマテの行動やムサシやアスカの振る舞いを考えると、ジャグラーの行動がなければ変わらずもっと酷い状況になっていた可能性が高い。あのままではベゼルブの軍勢という数で勝るサイキに軍配が上がっていたのも時間の問題だろう。



そのジャグラーにアスカが放ったこの一言。

「力があれば何してもいいってわけじゃねえぞ。」

うーん、アスカにこれを言わせてしまうのか?

まずアスカ含めガイやムサシが言えた立場にあるのだろうか。彼らが惑星カノンに降り立ってなにか結果を残しただろうか?誰かを救えただろうか?あのまま戦っていてもジリ貧で消耗戦で負けるのが目に見えていただろう。そんな彼らにジャグラーを責め立てる権利はあるのだろうか。アスカやムサシにも過ちはあるし選ばれた光の力に戸惑いどうすれば良いか分からなかった経験はあるのだから、そんな彼らだからこそ導いていける、差し伸べられる手があったのではないだろうか。

 

昔のアスカは後先考えずに突っ走っていく、感情的になりやすいタイプだった。

卑劣なスフィアの侵略に怒り、街を暴れる怪獣にも真正面から立ち向かっていく。でもそんなアスカを制し、間違った方向へ進まないようにしてくれていたのがスーパーGUTSの隊員たちだった。若き頃の自分がそうだったように、アスカにはジャグラーにせめて寄り添える存在であって欲しかった。絶対にそうなれたと思うのだが、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

これがきっかけでジャグラーは、光というより光の戦士に疑念を抱き闇堕ちを加速させていくのは、そりゃそうだろうな…となるわけで。できれば「ああ…なんで…なんでジャグラーそうなっちゃうんだよ…」と思いたかったなあ、と。この展開であれば「ジャグラーが間違えたのはお前らのせいだろ…」としかならない。

 

 

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  • 発売日: 2015/09/25
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そして命の木が切り倒されたことで、アマテと心を通わせた翔平(古原靖久)のいる地球で種が発芽し、新たな命の木が誕生する。第二部は舞台を地球に移し、再び命の木を巡る攻防が描かれる。

 

第二部から合流する我夢と藤宮の相変わらずな掛け合いというか、久しぶりの出演なのに安心感がすごくて感動さえ覚えた。ジャグラーとの関係に悩むガイに我夢が語りかけるのは、藤宮と何度も衝突し一度は袂を分けたけど今では戦友であり同志ともいえる関係を築けたからこそである。我夢の押し付けがましくない優しさに、アスカとは違った意味でその言葉のもつ説得力を感じられるのがいい。

 

藤宮がジャグラーに寄り添う形なのもすごく良かったと思う。ジャグラーが一人ではなく”独り”で戦い続けようとする姿なんてまさに初期の彼そのもので、自分こそが正しく人類の存在が悪だと考えていた頃の藤宮は突っ走っていたし、常に我夢を目の敵にしていた部分も含めてジャグラーに重ねたのかもしれない。

 

オリジンサーガ全体を通してジャグラーがほんとに報われないんだけど、藤宮と惑星カノンのシンラ隊長(前川泰之)だけがジャグラーに理解を示す立場にいたことだけが唯一の救いになっている。欲を言えば、ジャグラーの去り際にも少しだけ藤宮が声をかけるシーンが欲しかったという気がしなくもない…。

 

 

正直なところ、第二部のドラマ展開に不満はそこまでなくて、大筋は上手くまとまっていたと思う。ただ、惜しいなと感じたのはサイキのバックグラウンドが最終話で明かされてしまったこと。彼のサイコパス的な思想の根底にあるのは戦争孤児で育った幼少の経験に根ざしていたというのは、彼なりの平和思想が反映された結果なのだろう。決して正しいとは言えないんだけど、掘ってみると一番人間臭くてどうしようもなく不器用なだけだったのがサイキという男。視聴しながら「どうしてサイキはこういう行動に至ったのか…」が見えてこず果たして本当に明かされるのか…と不安だっただけに、最後の最後で明かされたのは安心したけれど、もう少し早めに明かして欲しかったのが本音である。

 

 

 




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あと少しだけ。

物語のディティール的な話になるので個人的な好みの部分にはなるのだが、一応書き残しておきたい。

 

 

ガイ達の前に立ちはだかるクグツ化した怪獣なのだが、どうして超獣を選んだのだろうか。そもそも”超獣”は『ウルトラマンA』にて登場し、異次元人ヤプールが地球上の生物と宇宙怪獣を融合させて生み出された生物兵器であるというのが当初の定義である。ヤプールがエースに一度倒されて以降、その怨念が様々なものに宿っては超獣を生み出しているし、ヤプール自身も蘇ったりとウルトラ戦士との因縁が決して浅くはない強敵なのだ。

 

それを思うと別次元宇宙でバキシムとベロクロンが登場することは、まあありえると思う。ヤプールの怨念もしくは細胞が次元を越えて生成された、もしくは生成された超獣が別次元に連れてこられた、などなど補完はいくらでも考えられる。でも、別次元だろうがなんだろうが結局はヤプール由来の超獣で生物兵器なわけで…。

 

だとすると、クグツ化を解こうとするコスモスの行動が意味不明になってしまう。そりゃ仮にもコスモスが超獣を知らないゆえの行動かもしれないけど、だとすればそれは滑稽でしょう…。だから堂々巡りなんだけど根本的な問題で、なぜ超獣の2体をこれに登場させたのか、登場させることで生まれる違和感に気づけなかったのか、これに尽きてしまう。使用できるスーツの都合なのか、テレビ本編で使用しなかった怪獣をできるだけ登場させる配慮なのか、真意はわからないけれど。

  

 

ウルトラ怪獣シリーズ 20 バキシム

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そして特に平成ウルトラシリーズの功罪ともいえるのが、フォームチェンジが出来る点だ。状況に応じてその姿を変えられるのが『ティガ』では革新的だったけれど、以降の平成シリーズでは定番の特徴となっていった。しかしそれは扱い方を間違えれば不自然に見えてしまうこともあり、タイプチェンジはいかにロジカルな理由をもたせるかが重要となってくる。だが今回の『オリジンサーガ』における先輩ウルトラマンのフォームチェンジに、脚本上の都合めいたものを感じてしまったのである。

 

最初から最後までルナモードを貫き通すコスモスにも、二人がかりで勝てなかったクイーンベゼルブがサイクイーンへ変化したのにガイアはスプリームヴァージョンに変身もせず再び二人がかりで挑んでしまうのも、本当に制作上の都合があったのかもしれない。出す予定があったのに出せなくなったのかもしれない。だとすれば、そうならざるを得ないロジカルな説明が欲しくて、変身しようとしたけど阻まれてタイミングを逃すとか、そういうので良い。要はそういう”大人の事情”というやつが透けて見えてこない工夫をして欲しかったのな、と。



 

 

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ジャグラーという戦士が辿った旅路を分かっている今だからこそ、『オリジンサーガ』という物語を受け入れることが出来るのかもしれない。これを『ウルトラマンオーブ』本編後にすぐ視聴していたら、解消できないモヤモヤをずっと抱えていただろう…。

 

闇の力に魅入られて道を外れたものの、彼なりにガイと和解し幾度となく地球のピンチを救ってきた。そして初めて自分を受け入れてくれたストレイジの仲間を得る事ができた。光の力を持たなくても得られる力があるし頼りになる仲間も出来た、ウルトラマンZ』の物語を通して初めてジャグラーという戦士は救われて報われたのだろう。それを思えば、配信されてから4年越しになるが、『オリジンサーガ』という物語が描かれた意味も変わってくるのだろうか。ジャグラーがこれからも活躍することを祈って、彼の言葉を結びにこの記事を締めたいと思う。

 

 

「見えるものだけ信じるな。」

 

ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA – Complete Soundtrack (阿吽) –