本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

好きなものをどんどん語ります

初めての「推し」〜AKB48が与えてくれた青春の思い出〜

 

 

それは中学三年生の秋頃だった。

 

確か公民の授業で使用していた資料集だったはず。現代のポップカルチャーを扱ったトピックとして、紅白歌合戦AKB48が初出場したニュースが掲載されていた。48人全員が記者会見のひな壇を埋め尽くした写真は教科書用に小さく載せられていたとはいえ、インパクト充分だったことをよく覚えている。授業自体は話半分に聞きながら、そのページをふと眺めていると、なんとなく目を引いた女性がいた。写真の下段最前列。右から4番目に立っていてショートヘアだった。この時はもちろん彼女の名前も知らないし、顔すらもハッキリとは分からない。家に帰ってふと思い出したかのようにパソコンで検索をかけてみた。Googleで「AKB48」と打ち込んで公式サイトを開く。この時の自分はまだ知る由もない。そのメンバーがAKB48における不動のエースだということを。

 

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その女性は前田敦子という名前だった。

 

出会い方には様々あると思うけど、自分のハマり方はまさに「沼に沈む」ようだった。正直なところ、前田敦子という存在を一目見て衝撃を受けたわけではない。ビジュアルで目を惹くなら小嶋陽菜篠田麻里子などの美人系だろうし、歌唱力なら高橋みなみ、ダンスに関しては板野友美など、スキルの高いメンバーは沢山いた。ひと通りのMVを巡回すればそれは明らかだった中で、なぜ彼女がセンターポジションを任されているのか正直分からなかった。

 

前田敦子のスキルは極めて平凡だったように感じる。決して下手という意味ではなく、歌もダンスもパフォーマンスとして成り立っていたが、それが何かに秀でているとは言い難かった。パラメーターで表すなら丁度いいサイズの五角形が浮かび上がってくるようなイメージだろう。しかし、なぜか目で追ってしまう。それは真ん中で目立つ位置にいるからなのか。カメラワークがそう仕向けているのだろうか。いや、違う。そこにこそ前田敦子のもつ「アイドル性」が発揮されていたのだ。

 

 

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彼女のパフォーマンスを平凡だと評したが、却ってそれが彼女の"才"になっていた。何も持たない彼女を中心に据えることで、それが自ずとグループの軸になっていく。だからこそ周りにいるメンバーは、自分の持つ個性を120%輝かせることが出来たのではないだろうか。カメラで映った時に魅せる一瞬のアップ、歌声を響かせるパート、ダンスのキレが出るワンカット、個々人のスキルがパフォーマンスの中で爆発させられていく。

 

しかし前田敦子の「アイドル性」は、これだけに留まらない。そうしたグループの顔として存在する中で彼女に最も惹かれたのは何だったのか。その一番の理由は「表情」だったのだと、今になって思うのである。楽曲のイメージごとに、前田敦子は様々な表情を魅せていく。王道のアイドルソングでは屈託のない笑顔を、逆境を突き進む応援曲では決意を感じる凛々しさを、春を歌った楽曲では出会いと別れの間にある複雑な感情を、まるで別人が取り憑いたかのように演じ分けている。贔屓目になってしまうが、パフォーマンスとしての表情は前田敦子が断トツに素晴らしかったと思う。これが今も俳優として活躍している彼女の原動力になっているとも感じている。

 

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そんな前田敦子をきっかけに、自分はAKB48のオタクへの道を順調に歩んでいく。学校から帰宅したらすぐにパソコンを起動し、YouTubeでMVを片っ端から視聴していく。当時は配信系のサブスクや動画サービスが充実していなかったため、YouTubeで得られる動画が何よりの貴重な資源だった。もう一度記しておくと、この時点で中学三年生の秋頃の話である。部活動を引退し、いよいよ高校受験に向けて勉強が本格化し始めたタイミングだ。曲がりなりにも全力で部活に取り組んでいた時間は、たった一人のアイドルによって全て塗り替えられてしまった。よく高校に入学できたな……と我ながらに思ってしまう。

 

 

YouTubeで歴代シングルのMVを巡回していると、アイドルの楽曲MVの大きな特徴に気づく。それは選抜メンバーが歌唱中のワンフレーズで顔がアップで映る瞬間があるということだ。そのメンバーに割り当てられたパートやサビの要所で差し込まれるため、ファンとしては自分の「推し」がどこで登場するのかが楽しみなのだ。

 

その中で特に異彩を放っていたのが『10年桜』のMVだった。1番のAメロBメロサビを披露してメンバーの顔が順番に映し出される。ここまでは順当な構成である。しかしセンターポジションにいるはずの前田敦子が、なぜかアップで映るシーンが出てこない。見逃しているという選択肢は自分に限って絶対になかったので、「まさか”そもそも無い”パターンがあるのか!?」と初見時はその疑念を持ったまま見進めていたのだが、2番のサビに突入した瞬間に全てを悟った。

 

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(↑こちらがその2番サビのシーン)

 

ああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!

好きだあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

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狂っていたあの頃の自分をこのまま羅列しても良いのだが(良くはない)、その解像度を上げるために当時のAKB48秋葉原を中心に活動するローカルアイドルから、なぜ日本を代表するトップアイドルへ君臨するにまで至ったのか、その一端を垣間見るために楽曲の変遷から追ってみたい。

 

『スカート、ひらり』『会いたかった!』等に代表される初期の楽曲、MVが当時のフルメンバーで撮影された『BINGO』、アニメのOPにも起用された『僕の太陽』など、専用劇場がオープンした2005年から徐々に知名度を上げ、メディアへの露出も増えていたが、アキバ発のサブカル文化の延長線上から抜け出しきれていなかったように感じる。AKB48が初めて紅白歌合戦に出場した際も、アーティストとしての枠は設けられていなかった。世間に広く認知されるためには、もう一歩が届かない時期がしばらく続いていた。

 

会いたかった

会いたかった

BINGO!

BINGO!

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しかしグループの歴史において、大きな転換点を迎える一曲がリリースされる。それはレーベルをキングレコードに移籍した10枚目のシングル『大声ダイヤモンド』である。アップテンポな曲調に「大好きだ 君が大好きだ」というストレートに真っ直ぐな歌詞と、それを何度も何度もリフレインさせるのが印象的な楽曲である。またストーリー性を組み込んだMVが積極的に制作されたのもここからだったし、後年のインタビューでもこの曲を機に若年層のファンが徐々に増え始めたという証言も残されているので、まさにAKB48の方向性を定めた楽曲と言えるだろう。ちなみに自分もAKB48の中で一番好きな楽曲はこの曲である。

 

 

大声ダイヤモンド

大声ダイヤモンド

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その後、発売されるシングルはトップチャートの常連となり、その勢いが乗り始めたタイミングで投入された「選抜総選挙」というビッグイベント。第1回が開催されたのが2009年7月。そのため自分がAKB48にハマりだした当年の秋頃というのは、「選抜総選挙」を終えて『言い訳Maybe』が発売された後にAKB48というグループが日本中から注目の的になっている絶好のタイミングだったのだ。

 

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そんな自分が初めて購入したシングルは、14枚目のシングル『RIVER』だった。学校が終わって即帰宅すると自転車を走らせて近所のイオンへ向かい、CD売り場に駆け込んだ。あれほど楽しみにしていたのにいざ店の前へ行くと買う勇気が出ず、15分ほど店の前でウロウロした結果やっと購入することが出来た。近くの警備員がじっと視線を向けていたのは、万引きか何かかと疑われていたのかもしれない。挙動不審が過ぎたんだろう。


そしてCDには必ずDVDが付属されており、シングルのMVと特典映像が収録されている。そんな『RIVER』に収録されていたのが、「私服のときスペシャル ~デートの時に言われたい一言~」というものだった。1人あたり15秒ほどでメンバーとデートをしたら…….という妄想の主観映像が様々なシチュエーションで展開される。今思い返すとこのタイトルを書いている時点で気恥ずかしさがMAXなのだが、前田敦子ともしも付き合ったとしたら…………だと…………????」と、真正面から受け止めていた当時の自分にとっては十分すぎるほどゲキブツだった。

 

 

 


こうした特典映像の中でとりわけ自分を狂わせたのは、15枚目のシングルである『桜の栞』の時のそれだった。2種類の仕様だったため収録されている映像がそれぞれで異なっており、タイプAは「卒業おめでとう」そしてタイプBは「ほんとは好きでした」という内容だった。卒業式の帰り道にある河川敷を前田敦子と一緒に歩いて帰るというシチュエーションから、上記2つのルートに分岐する。ああ恐ろしい。ほんとうに恐ろしい。誰なんですかこの内容を思いついたのは。俺の妄想か??いや全オタクの集団幻覚なのか??これを見ている自分の目を疑ってしまうほどの内容に、自分の情緒は確実におかしくなっていった。機会があれば是非見てほしい。たった1分にも満たない映像で人間は簡単に狂ってしまうのである。

 

 

 

 

 

 

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日々の生活の中で、AKB48に向き合う時間が増えれば増えるほど、「前田敦子」という存在への想いはますます膨らんでいく。もはやただの”ガチ恋”だったため「前田敦子が好き」という感情の置き場を、自分の中にとどめておくのが難しくなってくることを実感した。逆説的に理解できたのが、オタクはなぜライブ中にヲタ芸をするのかということ。それは自身に溢れてくる”推しへの愛”を外部へ発散し、熱量に変えるためなのだ。熱量に変えて自分の「愛」を可視化させる。しかし、当時15歳の自分にはヲタ芸をやる度胸もなければ機会もなく、この溢れてくる気持ちをどうすれば良いのか自分で考えるしかなかった。

 

楽曲中で前田敦子が歌っているパートをメモに起こしてノートにまとめるという行為もしたし(意味が分からない)前田敦子を理解したくて写真をスケッチブックに書き写すこともした(なぜ写経と同じ発想に至ったのか分からない)。それらを経て自分の中の熱量を発散する一番の方法として行き着いたのが、本人に会いに行くことだった。

 

握手会である。

 

AKB48が飛躍的に人気を伸ばした一因として「握手会」の存在は非常に大きかったと思う。CDを買って握手券さえ手にすれば確実に会える、まさに革命だった。画面の中でしか会えなかった虚構の存在が、目の前で触れることができる現実の存在に変わるのである。これまで日本で培われてきた「アイドル」という概念を根本から覆すその試みは、多くのアイドルファンと新規層を虜にしたことは言うまでもない。その副産物として大量に廃棄されるCDが社会的に問題になったが、前代未聞の真似できないビジネスモデルとしては天才的な発想だったと言えるため、やはりあのプロデューサーは稀有な存在なのだろう。

 

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自分は『桜の栞』に付属していた握手券を使って、大阪の「千里セルシー」で開かれた握手会に参加した。千里セルシーとは千里中央駅に直結の複合商業施設であり、その中心にあるステージではこれまでに多くのタレントがイベントが開催された聖地とも言える場所だ。そんな千里セルシーの立ち見スペースや千里中央駅のありとあらゆる場所が、AKBファンで埋め尽くされていた光景は、当時の人気を物語っていたなあと今では感慨深さを感じる。

 

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握手会には実は2種類あって、メンバーと個人で握手ができる「個別握手会」とリリースイベントでよく実施される「グループ握手会」の2つに分けられる。前者はその名の通り自分が推しているメンバーと個別で握手ができるため後者よりも少しだけ対面時間が長くなる。対して自分が参加した後者の握手会は、その日参加したメンバーが何人かのグループに区分けされるため、一人一人とじっくり対話する時間はほぼほぼない。とはいうものの、死ぬほど近い距離で握手ができることに変わりはない。

 

その日、前田敦子と同じグループにいたのは宮澤佐江北原里英だった。とにかく人が多すぎるため千里セルシー内を蛇行して並びつつ、少しずつ少しずつメインステージに近づいていく。直前になるまでどの順番で握手をするのか見えなかったのだが、どうやら宮澤佐江前田敦子北原里英の順に握手をすることがステージ下から見て判明した。自分の番が近づくたびに心臓の鼓動が早くなっていることがハッキリ分かったし、ずっとTVやCDを通して認知していた憧れのアイドルが、自分と数十センチの距離にいる。そしてついに自分の順番が来た。

 

 

宮澤佐江。自分の目をじっと見つめて満面の笑顔と共に「ありがとうございます!」と元気に言ってくれた。そして右手を強くぎゅっと握ってくれた。宮澤佐江はこんなにも可愛い上にまじで性格がいい聖人なのかと感動した。しかし女性への免疫が皆無だったため「ア……アリャリャトウゴザイマ……」と噛みながらすぐに目をそらした。

 

 

 

北原里英。ニコッと優しい笑顔と共に右手を優しく握り「いつもありがとうございます」と言ってくれた。嫌いとかではなく気になる存在でもなかったのだけど、眼前の彼女は画面越しの1000000000000000倍可愛かった。TVはちゃんと魅力を伝えろよと思った。この時も「ア……アリャリャス……」としか言えなかった。

 

 

 

 

 

前田敦子
覚えていない。

可愛すぎて記憶が消し飛んだ。

 

 

 

 

 

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といった感じで、ここまで熱烈にAKB48にハマっていたわけだが、高校二年生あたりからその興味がどんどん薄れていった。その理由はいくつかあるのだが、自分の興味や関心が大きく広がったからかもしれない。たとえば音楽への趣向もロックバンドや様々なジャンルを聴き漁るようになった過程で、AKBの楽曲を自然と聞かなくなってしまったし、高校の近くにTSUTAYAがあったおかげで、部活仲間やクラスメイトに勧められた色んなアニメや漫画にも触れるようになって、旧作の映画もよく鑑賞するようになった。

 

AKBや前田敦子だけに向いていた興味と関心のベクトルが様々な方向に向いた結果として、自然の摂理だったのかもしれない。しかし猛烈にAKBのことしか考えられなくなるほどハマっていた時間は、自分にとってかけがえのない時間だったことに間違いはない。お小遣いをやりくりしながらCDを購入し、テレビ番組を欠かさずチェックしては切り抜きをHDDに保存していく。恋愛とはまた違う意味で、誰かを応援する嬉しさや楽しさ、「推し」をもつことの尊さを経験することができた二年間だった。そんな青春の1ページの思い出をくれた彼女たちに、あらためて感謝を伝えたい。

 

 

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ちなみにこれまでガチ恋していた前田敦子に対して人並みの距離感で応援できるようになっていた高校二年生の自分が、身近なクラスメイトにガチ恋し始めるのはそう遠くない未来の話である。

 

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