本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

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感想『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』後日譚が導き出す『00』の到達点、そこに究極の「完結編」を観た。

 

 

 

ついに『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-(以下:劇場版00)を観てしまった。

 

 

 

機動戦士ガンダム00(以下:00)という作品は、1stシーズンと2ndシーズンの全50話で堂々の完結を迎えた。話数の長さゆえに視聴へ踏み切るハードルの高さもあったり、歴代シリーズ未見のガンダム初心者である自分が一体どこまで楽しめるのかという不安もあったが、全くの杞憂だった。ブログで感想を書き連ねて仕上げてしまう程に『00』に心酔してしまっていた。

 

 

 

とにかく面白かった!

『00』を思い出すとまず浮かんでくる感想はこれだった。

そして見終えることが出来て良かったというか、まさか本当に全話視聴できたことに自分が一番驚いているのが本音である。とはいえ、完走へ至るまでに様々なフォローを貰ったり導いてくれたTwitter繋がりの友人方のおかげだと思う。同時期に『00』を見始めた方が周りに多かったこともあって、引用させていただいた記事の文章を借りるのであれば、間違いなく「00ブーム」が起きていただろう。

 

www.bokuboku12.net

(↑自分と同時期に00を見進めていたRyoさんの記事。00をきっかけに息子さんともガンプラを制作されているのが微笑ましいですよね。)

kogalent.hatenablog.com

(↑自分に00をおすすめしてくれた虎賀れんとさん。最後まで見続けることが出来たのは間違いなくれんとさんのおかげでした。ちなみにれんとさんはアレルヤ推しです。)

 

作品の掲げてきた「戦争と平和」というテーマを通じて、人間の美しさや戦争の愚かさを描き、ガンダムに乗って平和な世界を築き上げていく尊さ、そして手を取り合って「未来」に向かう明るい展望。決して完璧な作品とは言えないかもしれないが、『00』という作品が伝えたいメッセージがしっかり自分の心に届いたことは実感している。

 

 

だからこそ、なのである。

本当に『劇場版』は必要なのだろうか。
”その後”を描く意義は果たしてあるのだろうか……。

そんな疑問が、胸を覆い続けた。

 

 

『00』という作品がTVシリーズ後に公開された劇場版で完結することはもちろん知っていた。しかし本編が綺麗に完結している上にこれ以上何を描くのか見当がつかなかったし、完結した物語の「その後」を見届けることがやっぱり怖かったからだ。幸せに暮らせていた登場人物や平和な世界の物語を再び描くことが、決して正しい方向に転ぶとは限らない。このような具合で劇場版に向き合うのが正直怖すぎて、(このままTVシリーズだけを自分の中の『00』にして、劇場版は観ないことにしようか……)という選択肢も本気で考えた。

 

しかしながら、今後どこかでうっかり劇場版のネタバレを踏んでしまった場合にガッカリしないかという懸念や、『劇場版00』を観ない選択肢を尊重しつつおすすめしてくれた友人方からの助言もあり、それだったら覚悟を決めて自分から『劇場版00』を観ようと決心が定まった。ここまで追ってきた作品だし、どんな結果になったとしても観終えることに意味があるのだ、と。

 

 

 

 

 

 



泣いた。

嗚咽。

エグいほど泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう……。

劇場版まで観ることが出来て…

本当に良かった……。

 

 

 

 

「泣いた」という表現は往々にして大袈裟に使ってしまうことがあるのだが、今回の『劇場版00』に関しては本当に本気でガチで泣いてしまった。特にクライマックスのある展開からその涙が止まらず、視聴に使っていたノートPCの画面を見つめながら、ただただ涙をアホほど流し顔がぐしゃぐしゃになった成人オタクがそこにいた。まさかここまで感情が揺さぶられるとは思わなかったし、自分でも到達した事がない感情の流れだった。これをもし劇場で観ていたら、冗談抜きにぶっ倒れていたかもしれない。



 

 

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閉ざされた世界

閉ざされた世界

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今回の『劇場版00』はTVシリーズ後の完全なる後日譚として「世界」と「彼ら」がどうなったのかを真正面から描いていく。イノベイドとの戦いから2年が経過し戦争の傷跡も徐々に薄れていく中で、ソレスタルビーイング(以下:CB)は世界の監視者として活動を続けていた。マイスター達が自分たちの進むべき道を切り開いた一方で、純粋種のイノベイターへ覚醒を遂げた刹那・F・セイエイ(演:宮野真守は、その超然的な力に戸惑いを隠せずにいたのである。

刹那・F・セイエイというキャラクターは、物語の中で終始ブレることがなく軸の通った主人公であった。「戦争根絶を願いガンダムと共に平和を成し遂げる」という覚悟を持ち続け、数々の強敵達と戦い続けてきた。その強いキャラクター性が『00』の核を担う大きな柱でもあったが、今回の『劇場版00』ではその彼をついに「運命」と対峙させることで、あらためて”刹那・F・セイエイ”とは何者なのかを導き出す試練を与える。

 

刹那は先述のように内面的な成長があまり描かれてこなかったため、TVシリーズにおいては同じガンダムマイスターの面々やサブキャラクター達の成長が人間ドラマを大きく牽引していった。ライル・ディランディ(演:三木眞一郎ガンダムマイスターとして亡き兄の意志を継ぎ、アレルヤ・ハプティズム(演:吉野裕行愛する人と共に新たな人生を歩み始めた。2ndシーズンの惜しかった点として、この二人がどうしても活躍の割りを食ってしまった点は否めないだろう。しかし今回の『劇場版00』では、そんな霞を晴らすかのごとく、TV本編を踏まえた上での頼もしすぎる成長を見せてくれるため、その点だけをとっても劇場版が描かれた意義は大いにあるし、嬉しさが溢れてくるのである。

 

 

そんな刹那やCBの面々、世界平和に向けて手を取り合った人類の前に現れたのが、地球外生命体。通称:ELS(エルス)。金属のような質感と生命を感じさせない無機質な外見、言葉も発さず意思疎通が可能なのかすら分からない得体のしれなさ。物体と一体化しその情報を得ていく恐るべき学習能力の速さで、人類の培った経験値も技術力も全て無に返していくELSは、まさに00シリーズ最大の敵にふさわしいだろう。『機動戦士ガンダム』シリーズにおいて、ガンダムの敵に地球外生命体が登場すること自体は前代未聞のことだったようで衝撃的だったらしい。しかしイオリアが提唱した「来たるべき対話」と『00』で描き続けた「戦争と平和」、この双方が辿り着いた先での""地球外生命体との遭遇""は、これ以上にない帰結といっても過言ではないだろう。

 

ELS~IMPREGNABILITY

ELS~IMPREGNABILITY

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今作から初登場となったのがイノベイターとして覚醒した連合のパイロット、デカルト・シャーマン(演:勝地涼だ。ポスタービジュアルにも登場しており、ひょっとすると黒幕?のような雰囲気もあったのだが、色んな意味で予想を大きく裏切ることになった。戦艦「ガデラーザ」を操りELS殲滅に活躍するも、その圧倒的な物量と驚異的な学習能力の前に敗れさり、ELSに儚くも取り込まれてしまう。

新キャラにしては登場時間も少なく、CBの面々と言葉を交わすことも無く散ったデカルトは何故登場したのか。それは同じイノベイターとして刹那が辿っていたかもしれない未来を示していたのかもしれない。もしELSとの対話を放棄し強行的な武力行使を選んでいたら、相互理解を試みようとしなかったら。その末路がデカルトのあの姿だったのだろう。

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今回の『劇場版00』は後日談でありながら、TVシリーズの総括的な役割も担っており、その中身を紐解いていくと「再構成」の要素も含まれているのである。各陣営の勢力図とキャラクターを丁寧に描きつつ、CB対連合の決戦という怒涛のクライマックスに全て収束させていった1stシーズン。敵味方が複雑に絡み合う事で発生したエモーショナルなドラマが物語を動かし続け、瞬間最高風速を常に更新していく劇的な展開が魅力だった2ndシーズン。そして両シーズンのストロングポイントを融合させて、完結編として隙のないフォローをしつつやるべき事=ファンの期待に応える製作陣の覚悟が、エンターテインメント性に富んだストレートな爆発力に全て昇華されていく。そのため必要のないシーンはどこにも無いし、1分1秒全てが面白い、いや面白すぎるのである。『劇場版00』は「再構成」しながら正統進化したともいえる作品なのだ。

この「再構成」という手法により、観客は『00』という作品がどうだったかを擬似的に追体験することになる。実のところ劇中の前半部においては、TV本編と同じ展開をなぞっているシーンが多く見受けられるのである。例えば、ELSにより窮地に追いやられたアレルヤを迎えに来るデュナメスリペア。これはまさしく2ndシーズン第3話「アレルヤ奪還作戦」のオマージュだろう。

 

しかし、追体験になると言っても、決して同じことを繰り返すわけではない。あくまで同じシーン展開をなぞることで、関係性の深さを描き直しているのが非常に上手い。アレルヤは己の身体能力だけでELSの操る重機達と対峙するのだけど、もともと特殊工作員として育てられた彼のポテンシャルが発揮されたのも劇中でほぼ初めてだった(はず)。彼のそもそもの身体能力の高さを再認識させられながらも、ライルが少し冗談を混じえながら数年越しに言葉を交わすのも正直ニヤついてしまうし、その時に浮かべたアレルヤのなんとも言えない絶妙な表情である。かつて死線をくぐり抜けた友との再会を喜びたい、しかし再び出会う事の意味を何よりも理解しているからこその表情なのだ。

 

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「00」のシリーズを通して全ての劇伴を担当している川井憲次氏によるサウンドは、今回の劇場版でも健在である。今回の劇場版ではTV本編を彩った数々の名曲たちが、より重厚感あふれるサウンドに昇華していたりヒロイックなアレンジを加えた上でメドレー形式に組み直されている。川井憲次の作曲スタイルは映像からくるイメージを基に作成するらしく、ストリングスを中心に演奏されるスピーディな疾走感が映像と一つになった時の一体感が凄まじいのは言うまでもない。だからこそ楽曲を聴けばそのシーンが自然と浮かび上がってくる。

 

この「川井サウンド」が発揮されて条件反射で喜んでしまった第一陣が、「ENVOY FROM JUPITER」の流れるシーンである。この楽曲の終盤に流れるのは劇伴「FIGHT」のアレンジ版、1stシーズン第22話にてガンダムエクシアが初めてトランザムを発動した際に流れた楽曲だ。劣勢の状況をひっくり返す逆転の一手を投じたシーンだったように、この劇伴と共に現れたのはCB最後の一人、ティエリア・アーデ(演:神谷浩史)の操縦するラファエルガンダムである。

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いやあ、最高ですよね……(心からのため息)。

ほんとにここのシーンだけは笑ってしまう。ニヤケてしまう。ELSに取り込まれそうになった刹那を颯爽と救い、圧倒的な物量と質量で攻めてくる敵がいるなら、それよりも圧倒的に上回る火力で滅せばいいのでは??と言わんばかりに、ラファエルがバカでかいビーム砲で片っ端からELSの軍勢を焼き尽くしたと思えば、倍以上の大きさはあるELS巡洋艦も更にえげつなくでかいビーム砲で真っ向から爆砕していく。これが川井サウンドのヒロイックな劇伴で展開されるのだから、笑うしかないのである。完敗だろこんなの。そんなアホみたいな……と思う功法で敵を押し通せてしまうのが、あらためてティエリアの機体だったなあと。

 


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ラファエルガンダムヴァーチェ・セラヴィーと同じく白と黒を基調とした本体のカラーリングながらも、更に細身のフォルムに仕上がりつつティエリアのパーソナルカラーである紫色が差し込まれている。そのおかげでティエリアから感じられる高貴さや清廉さまでもがラファエルからも伝わってくる。その上で両肩にもう大砲どころか別のガンダムを載せているギャップが凄まじいのだが、こんなにも荒唐無稽なガンダムが許されるのはおそらくラファエルガンダムしかいないだろう。もちろんティエリア以外のマイスターにも、今回の劇場版で搭乗するガンダムが新たに用意されている。

 

 


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ライルが搭乗するのは彼の得意とする「早撃ち」の戦闘スタイルに特化した機体、ガンダムサバーニャである。先代のケルディムとデュナメスは兄ニールの得意とする「狙撃」に特化した機体だったため、満を持して”彼専用”のモビルスーツが登場するのはやはりアツい。腰部と肩部に搭載されたライフルビットが展開され、ライルの射撃能力と二基のハロが連動することにより全方位射撃を可能とし、ビットを組み合わせた高出力のビームと機体そのものからもGNミサイルの発射可能なため、相当な高火力を実現した機体でもあるのだ。携えているビットがまるで刀の鞘のように見えたりマイスターの中で唯一人間のライルが操ることも相まって、どこかいぶし銀のような佇まいも感じられる。劇場版00にもう少し早く出会っていれば最終決戦仕様のHGを予約して購入していたのに……。

 


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そしてアレルヤが操縦するのは、ガンダムハルート。アレルヤに加えてピーリスも同乗する複座式のコックピットが採用されており、超兵である二人の能力を発揮する設計がなされている。アレルヤ専用機の特徴である可変機構も健在でハルートの戦闘機モードはELSからの回避行動と最終決戦で多大な活躍を残した。ハルートで特筆しておきたいのがそのフォルムである。全身に装備されているブースターやGNキャノンのバランス、そしてハルートモードで覚醒した際に発光する第3の目、ガンダムの形は留めているものの畏怖の念を感じさせる異形の存在に思えてくるのが素晴らしいデザインなのである。それでいてアレルヤの悲願である「命を救う」ガンダムとして功績を残すのが、彼の半生を振り返った時にグッとこないわけがないのである。こちらも劇場版00にもう少し早く出会っていれば最終決戦仕様のHGを予約して購入していたのに……。

 

 

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そしてもう一人、劇場版00を語る上で欠かせないキャラクターがいる。刹那の好敵手として何度も立ちはだかった連合のパイロット、グラハム・エーカー(演:中村悠一だ。ガンダム固執するあまり戦いを求める"狂人"に成り下がった彼だったが、刹那との一騎打ちで「戦うための理由」を諭されたことにより軍人としての誇りを取り戻した。人によって賛否が分かれるのは大前提として、やはり2ndシーズンにおけるグラハムの扱いには少々不満を抱いた一人だったので、今回の劇場版00でそんな彼の真価が発揮される瞬間がどれほど嬉しかったかは言うまでもない。

 

グラハムという宿命のライバルがソレスタルビーイングの危機に駆けつけるという幻のような展開を誰が想像できただろうか。ソルブレイヴス隊とELSの交戦シーンが文脈的として熱いのは当然ながら、最小限の描写でグラハムと部隊メンバーがいかにプロフェッショナルなのかが描かれていることに注目したい。行動が読めないELSに対して瞬時にペアを作り、一人が陽動を行い一人がその背後から攻撃をする。ビームの直線上に仲間がいても関係なく放てるのは、互いのパイロットセンスを信頼しているから。抜群のコンビネーションが披露された後に、最後は陽動と攻撃を一人で引き受けながらELSを殲滅するグラハムが格の違いを見せつける。まさに私達の見たかったグラハム・エーカーである。

もうほんとに痺れた……。

最高すぎて言葉にならない……。

 

 

DECISIVE BATTLE

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こうして面白かった点をあげていけばキリが無いのだけれど、実際のところ人類側は相当な窮地に追い込まれている。各キャラクターの見せ場はあるものの、刹那は昏睡状態となり、ELSへの具体的な手立ては見つかっていない。その極地として地球連合が総力を結集するも、その実力差に絶望するまでの段取りがあまりにも丁寧で恐ろしく緻密なのである。相手を吸収し情報を得て模倣するELSに対抗策が一つ一つ潰されていき、ついにはモビルスーツまで再現される始末。数で圧倒され消耗戦となり果てるしかなく、もはや自爆して防衛ラインを死守するしかない無力感。人類側を覆い尽くす不安と絶望の空気感が最高潮に達したところで「もう何も怖くない、怖くはない」が流れ出す。

 

もう何も怖くない、怖くはない

もう何も怖くない、怖くはない

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人類側が完全な「終わり」にある状況の中でも、与えられた場所で自分にできる限りのことを尽くす、その道のプロフェッショナルとしてやるべきことをやる。戦争という負の遺産を背負いながらも、それでも生きて、命をつないでいくことに意味があり、未来を進むために前を向いていく。石川智晶の儚く澄み切った唄声が、登場人物たちの過去を肯定し現在を美しく彩っているかのようで、歌詞にある「生きてる それだけで確かな種を掴んでる」という言葉がまた心に響いてくる。

 

刹那は昏睡状態の中、GN粒子の影響により仲間たちのもとを訪れていく。亡くなってしまった者や大切な人との対話を通じ、刹那という主人公が総括されていく。正直この辺りは涙が止まらなくて初見は受け止めることすら必死だったのだが、こんなにも優しさに溢れたシーンがあって良いのだろうかと思ってしまった。リヒティ(演:我妻正崇やクリスティナ(演:佐藤有世、そしてニール・ディランディ(演:三木眞一郎。「生きる」ことが出来なかった彼らから託される願い、「過去」ではなく「未来」の為に変わり続けること、今を「生きる」為にそれぞれの場所で戦っている仲間たち。過去と現在の想いを受け取り「生きる」ことこそが「未来」を築く架け橋であり、それを叶えるのが刹那でありダブルオークアンタなのである。

 


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そして最高のクライマックス。ダブルオークアンタという最後の希望が戦場に舞い降りる。このシーンを見た時に涙が止まらなかったというか、一つの到達点にあるんだと思った。

 

「自分は今この瞬間に立ち会うために『00』を追いかけてきたんだ。全てはこのためだったんだ。」という確信しかなかった。

 

そして川井サウンドの真骨頂「FINAL MISSION~QUATAUM BARST」とともにサバーニャ、ハルート、ブレイヴが全身全霊をかけて一筋の突破口を創り上げていく。生きるために戦い、未来をそして明日を切り開くため、その全てが刹那に託されていく。

 

FINAL MISSION~QUANTUM BURST

FINAL MISSION~QUANTUM BURST

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「FINAL MISSION~QUATAUM BARST」は「TRANS-AM RAISER」をアレンジした楽曲だが、同曲はガンダム達が反撃を開始するここぞのシーンでよく流れてきた名BGMで、各シーズンと総集編も含めると必ず一回は各マイスターが活躍する際にこの楽曲は使用されてきた。しかしマイスターが揃った際に流れることはなかったのだけれど、ついに満を持してこの4人が集結した時にこのBGMが流れたのである。そしてサバーニャとハルートがここでトランザムを発動させるのも熱すぎて逆に思い出せない。あんなの直視できるわけがない。

 

 


「だから、示さなければならない。世界はこんなにも、簡単だということを…。」

ELSとの「対話」を実現させた刹那のこの台詞が、『00』という作品が最も伝えたかったテーマなのかなと感じている。歴代シリーズの中で”異質”だと言われても、ガンダムを通じて「戦争と平和」を真っ向から描き、その果てに地球外生命体との「対話」を描いた本懐なのだろう。たとえ「種」の異なる生命体同士であっても、ほんの少し相手に歩み寄ればいい。それは同じ人間同士であっても同じで、決して難しいことではない。お互いが「生きている」ということ、他者を理解しようとする心さえあれば、争い合う必要なんてないのだ、と。

 


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クオリア

クオリア

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9月から視聴し始めた『機動戦士ガンダム00』を約2ヶ月で完走し終えることが出来た。誰かに何かをおすすめされても途中で断念することが多い自分にとって、『00』ほどのめり込むようにはまり込んで好きになる作品に出会えたことは、かけがえのない財産だと思う。特に今回の『劇場版00』に関しては、アマゾンプライムのレンタルを二回行ったし、これは流石に手元に置いておきたいなと思って、つい先日ブルーレイを購入したところである。そして『機動戦士ガンダム00』という作品に11年越しで出会えたこと、自分にとっての「初めてのガンダム」が『00』で本当に良かった。もしこれからの人生で『劇場版00』をスクリーンで観る機会があれば、その時は劇場へ駆け込もうと思う。

 


今なら、声を大にして言うことが出来る。
私は『機動戦士ガンダム00』という作品の中で『劇場版00』が一番大好きだ。