本当の戦いはここからだぜ! 〜第二幕〜

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感想『NOPE/ノープ』予想を裏切っていく「最悪の奇跡」が起こすのは、全く新しい怪獣映画の誕生だった

 


そこそこの期待で臨んでみると、あまりにも想像以上の面白さで頭をガツンとぶん殴られてしまう経験。映画鑑賞を趣味にしていて、最も高揚する瞬間かもしれない。もちろん期待値を高く持って鑑賞した作品が、しっかり期待以上のクオリティを出してくれた時もめちゃくちゃ嬉しい。しかし予想だにしていないボディブローが決まった時ほど、その衝撃は大きかったりする。

 

 

『NOPE/ノープ』を観てきた。

 

 

そもそも『NOPE/ノープ』はどんな内容なのか。


ざっくりとまとめてみると・・・

 

主人公のOJダニエル・カルーヤは、半年前に不慮の事故で無くなった父親の跡を継ぎ、映画撮影用の馬を飼育する牧場を営んでいた。

しかし映画会社から父と同じような信頼も得られず経営不振が続き、近所でテーマパークを営む元子役出身のジュープ(スティーブ・ユァン)に馬を売ることで生計を立てていた。

ジュープへ牧場そのものを売り渡す話も持ちかけられており、OJの妹であるエメラルド(キキ・パーマー)は賛同するが、OJはその一線だけは頑なに拒否をする。

しかし、その晩に上空で動く”何か”を目撃する。そこでOJとエメラルドは、その”何か”の写真や映像を残してビジネスに転換することをひらめき、電気屋のエンジェル(ブランドン・ペレアを巻き込んで、その証拠を残すべく奮闘するのだが・・・

 

 

youtu.be

 


劇場で何度も予告編は流れていたけど、ジョーダン・ピール監督が得意とするホラー系もしくはスリラー系作品がお出しされるのだろうと思っていた。牧場に浮かぶ黒い影。”何か”がそこには居るが、全く姿を見せない。そんな得体の知れない”何か”に翻弄される人々。とにかく後味の悪くて、観た人に嫌なしこりを残すものは期待できそうだなと思っていたのだけれど・・・。

 

 

 

 

 


※以下、ネタバレありの感想です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いーーーや、これは怪獣映画じゃねえかあ!!!!!!!!!

 

 


大好物!!!!!!!

 

 

 

ありがとうございます!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

ついつい荒ぶってしまった。失礼。


まさか予告に出てきた”何か”は「円盤」であり、「円盤型の生物」だったのである。「円盤」が出てくるのは予想できていたとしても、無意識のうちにそれを「乗り物」だと思い込んでいたし、「円盤」が必ずしも「乗り物」であるとは限らないことを、特に自分のような特撮オタクは、昔から知っていたはずなのだ。

 


1974年に放送されていた「ウルトラマンレオ」という作品がある。シリーズ終盤において、その常識に囚われない奇抜なデザインが印象深い「円盤生物」という種の怪獣が現れる。その円盤生物の中でも特に有名で、放送から何十年と経過してもなお語り継がれているほど話題に上がるのが、円盤生物シルバーブルーメだ。この怪獣は主人公の所属する防衛チームを全滅させ、主人公の恋人や親しい友人までも手にかけるという地獄の所業を見せつけ、当時の視聴者に強烈なトラウマを残した。

 

 

 

 

前置きが長くなってしまった。要するに今回の『NOPE』に出てくる円盤型の生き物、それはまさしく円盤生物なのである。ハリウッドが本気で映像化したシルバーブルーメ。劇中での呼称にならって、ここからは「Gジャン」と呼ぶことにする。

 


そのGジャンが総じて、怪獣映画の醍醐味マシマシで演出されているのが本当に最高だった。白昼堂々その姿を上空へ晒すにも関わらず、なかなか全体像が見えない。登場人物の目と鼻の先に近づいた時には、手前の人間にフォーカスが当たり、ぼかされた背後では土煙を上げながら地上のあらゆる物を吸い込んでいく。雲間に隠れつつ山陰へ姿を消したかと思えば、逆に姿を見せた時の巨大感と異質感。もう完全に特撮オタクにとって「刺さりまくる」やつだった。

 

見上げた時に空を覆うアングルや、馬を追いかけて後ろから迫る時のカットであったり、なぜこの映画がIMAXでの鑑賞が推奨されたのか合点がいくものばかり。Gジャンと対峙した時の逃げ場のない恐怖感がスクリーンに広がった時、思わず息を呑んでしまったので、是非この臨場感を体感してもらいたい。

 


そういった特撮的な部分だけでなく、観客に嫌なトラウマを植え付けてくるという点でも最悪だった(褒めてます)。無機質な見た目とは裏腹に、Gジャンは下部にある吸引口で人間や馬を捕食する。この捕食シーンを食われる側の目線で映すし、食われている人間の悲鳴は上空で延々と響きわたる。怖い。めちゃくちゃ怖い。

 

 

 

 

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フタを開けてみて初めて驚いたように、そもそも『NOPE』は怪獣映画的な要素が出てくるとは思いもよらないストーリーなのである。人の目を見て話さないコミュ障のOJ、そんなOJと対称的な陽キャの妹エメラルド、実はガチガチUMAヲタの電気屋エンジェル。経営不振の牧場を立て直すために、兄妹はGジャンを撮影して一儲けすることが目的であり、電気屋は純粋な興味から首を突っ込んだことで行動を共にする。

 


前半部はキャラクターの置かれている状況説明やその生い立ち、スリリングな演出と共にGジャンの生体行動を描きつつストーリーが展開されていく。そのため後々の展開に向けた布石や登場人物の身辺描写に重きを置いていることもあり、前半部は若干スローペースに感じられるかもしれない。ただ、中でも異彩を放っていたのが、不穏な空気を漂わせるが如く差し込まれたコメディ番組の放送事故だ。

 

ジョーダン・ピール監督がツイートしたのは、劇中で放送された番組「ゴーディーズホーム」のOP。アメリカのよくあるホームコメディ番組という雰囲気だけど・・・)

 

 

ジョーダン・ピール監督の作品といえば、社会風刺を取り入れることが有名である。「ゲット・アウト」で描かれた黒人差別と白人至上主義、「アス」に内包する格差社会の現実。自身が黒人男性だということもあり、黒人の背負ってきた歴史的な背景や文化観を踏まえた上で、強烈なメッセージ性を込められているのが特徴的だ。そんな今回の『NOPE』で描かれたのが、冒頭のコメディ番組で突然暴れ出すチンパンジー。この事件を紐解いていくと、過去に痛みや後悔を抱く点まで相似した二人の登場人物の命運を分けたキッカケが見えてくる。

 

 

 

 

 


一人はテーマパークを経営するジュープ。彼は子役時代を経験し、チンパンジー事件に居合わせた被害者でもある。しかし彼は唯一無事に生きのびた一人であり、最後にチンパンジーと心を通わせたかのような経験もしている。この経験で自分は特別な人間だったという錯覚を抱いた、もしくは本当に心を通わせていたのかどうか、その真相は分からない。OJから買い取った馬をGジャンに捧げるショーを実現させて、ジュープは今回も意思疎通が出来るだろうと考えていた。しかし、人間もまた餌にしか過ぎず、Gジャンの気まぐれで成り立っていたテーマパークの平和は一瞬で奪われてしまう。

 

ジュープ(スティーブ・ユァン)

 
そして対称的なもう一人がOJ。人付き合いが苦手な上に受け継いだ牧場の経営は全く上手くいかず、ジュープに譲る話さえ出てくる彼だったが、飼育する馬には常にリスペクトをもって接していたことが分かる。Gジャンが襲ってきても飼育小屋を離れようとしないし、「馬の目は見ない」「後ろには立たない」といった動物との適切な距離感を保っていた。支配下に置くのではなく、パートナーとして互いに共存する。そんなOJの経験が、Gジャンを攻略する糸口になっていく。

 

OJ(ダニエル・カルーヤ



冒頭にも表示された「私はあなたに汚物をかけ あなたを辱め あなたを見世物とする 」の旧聖書のナホム書から引用文から、幾重にも意味を感じとることができる。動物の「支配」を選んだジュープと「共存」しようとするOJ。人間がもつ傲慢さ、何事も消費しようとする浅はかさ、そのしっぺ返しがどれほど恐ろしいものかを示しているのかな、と。

 

 

 

 

 

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『NOPE』のもつ怪獣映画的な面白さにグッときたのはもちろんなのだが、自分の琴線に触れたのは実はそこではない。散々見せつけられたGジャンの恐怖に怯えながらも、自分たちの「目的」を貫き通した主人公たちの行動にある。誘い出した牧場に電気式のバルーンを設置して動きを予測、電子機器が使えないなら手動式のフィルムカメラを使って撮影する。その姿を収めるために、OJは愛馬ラッキーに乗馬して牧場を翔ける。吸い込まれそうになる寸前のところで、消化しきれない旗のロープを食わせる。これらの道具や部品は、すでに劇中の何気ないシーンで登場しており、「これがこんな所で役に立つの!?」という痛快さがたまらない。特別な能力も持たない市井の人々が、知恵と努力と人海戦術で未知の存在に立ち向かっていく。その展開に燃えないわけがない。

 

 

 

 

The Run (Urban Legends)

The Run (Urban Legends)

  • provided courtesy of iTunes

(↑遂に姿を見せたGジャンと対峙する瞬間。ここのカットを劇場で浴びた時に変な声が出た。そして流れるこの劇伴がマジで最高。)

 

 


ただOJたちの「目的」は、Gジャンの証拠写真を撮影し金銭に変えること。Gジャンを野放しにしない為に食い止めようとか、これ以上犠牲を増やさないための正義を振りかざすこともしない。根底にあるのは金儲けであり、これは極めて独善的で利己的な行動だと言える。恐らく彼らは写真さえ撮ってしまえば、Gジャンを深追いすることはしないし、その先は軍に任せて認知しないだろう。しかし、人為的なアクシデントが起き、撮影したフィルムは消滅。Gジャンも真の姿を現し、OJ達の牧場も全て蹂躙されてしまう。

 


ただ、ここで物語は終わらない。全てを失ったOJとエメラルドが最後に取った行動に、「ヒーローは何故ヒーローとなり得るのか」という疑問への、一つの答えを見せられたのである。特別な力をアイデンティティにするのか、それとも内に秘めた善なる心が起因するのか。どれも正解だと思う。しかし、独善的で利己的だったはずの行動が、結果としてヒーローを生み出していく。あの一連のクライマックスにこそ、その真髄が込められているのではないか、と。最後までしがみつくようにその姿を写真に映そうとした行動、危機的な状況の中で偶発的に発生する一縷の望みに懸けたことが、彼らをヒーローたらしめる結果に繋がっていく。それが転じて「見る」「見られる」の関係性の反転となり、これまで搾取され続けていた人間側がGジャンに一矢報いたカタルシスを生むことにも繋がっていく。ここのクライマックスへ至る流れで、監督の日本愛がいろいろと炸裂しているのだが、とにかく終盤のアツい展開が素晴らしすぎた・・・。ありがとう・・・。

 

 

 


宣伝手法の関係もあって、届けば必ず「刺さる」ファン層にいまいち浸透していない雰囲気を感じる『NOPE』だが、一部の劇場ではIMAXの上映が復活しているらしい。自分は一般の映画館で観たが、なんと満席状態。予想を色んな意味で裏切るこの映画が、口コミを元にじわじわと広がっていくのは嬉しい限り。どうか一人でも多くの映画ファンそして特撮ファンが、この「最悪の奇跡」を目のあたりにできることを願ってやまない。